記録管理学会震災復興支援委員会

ニューズ・レター 第6号 (19961)


高山正也

記録管理学会震災復興支援委員会委員長  
(記録管理学会副会長、慶應義塾大学文学部教授)

 

年頭のご挨拶 ~ ボランティアの美名の下で~

 

 新年おめでとうございます。あの震災から、早くも1年。復興への新たな決意を胸に、皆様がそれぞれに新たな年をお迎えのことと存じます。
 未曾有の大災害に接して、広くはわが国の社会構造から、身近なところではそれぞれの被災職場の什器備品類にいたるまで、普段は隠れてわからないその本当の姿が現れたのが、今回の震災の一つの特徴であったのではないでしょうか。思わぬ所に活断層があったとか、わが家が活断層の上に乗っていたとか、隠されていた手抜き工事が明らかになったとか、今まで挨拶もしなかった隣組同士が親密に助け合ったとか、それらの具体例は枚挙に暇がありません。
 そんな中でひときわ、マスメディアを通じて強調されたものにボランティアの活躍というのがあります。曰く、茶髪の若者がボランティアとして救援活動に活躍したとか、有名人がボランティアとして、被災地に救援活動に行ったとかです。この手の話は、いわゆる美談ですから、大衆に歓迎されます。その結果、1995年の上期における一種の社会的なファッションとして、ボランティア活動が浮上したようにも思えます。しかし、少し頭を冷やして考えれば、このボランティア騒動には裏があるようにも思えます。本当にボランティア活動とはそんなにすばらしいものなのでしょうか。ボランティア活動を受けた被災者の方々はどう思っておられるのでしょうか。
 本当なら、専門家・プロが行うべき仕事をボランティアとしての素人が行ったとしたのなら、それは本当に喜ばれたり、喜んだりするはずのものなのでしょうか。被災して、ともかく救援を待っておられた被災者にとっては、一応の勧迎はされたでしょうが、本当はもっと本格的な救援があるべきであったのかもしれないのです。ボランティアとは基本的に素人の活動なのです。
 更にこのボランティア活動の大宣伝は、政府の危機管理、救急体制の不備を覆い隠したり、被災地に無神経に見物に行く野次馬たちの隠れ蓑になっていたとしたなら、これらボランティア活動の提唱者達の罪は重いと言わざるを得ません。
 翻って、我らが記録管理学会を見ますと、遅ればせながら被災者の皆様にこの震災復興支援委員会を通じて、ささやかな声援を送らせていただきました。特に24名(団体)の会員の方からは義捐金をお寄せいただきその額は171,000円に達しました。この24名以外にも、義捐金以外の形で被災者の支援に当たられた方もいるでしょう。
 しかし、何もしなかった人もまた0ではないのです。人それぞれ、考えがありますから、だからどうとは言えません。このような大事の救援はしかるべき所がしかるべき体制で行うのが大事なのであって、ボランティアごときが行うべきではない、と言う考えに私も賛成です。しかし私がもっとも許せないと思うのは、日頃ボランティア精神で学会は運営されなければならないと言いながら、この期に及んで何もしようとしない輩がいることです。 その意味でも今回の震災に伴う、震災復興支援委員会の活動を通じて、学会員の隠れた人格も明らかになったという点で、しみじみと地震の影響の大きさを感じています。 何はともあれ、被災者の方々の一日も早い、立ち直りをお祈りし、以下に、24名の義捐金拠出者の氏名を掲げ、被災者の方々ともども、心からの謝意を表します。

以上  

 義捐金拠出者芳名(50音順、敬称略)

  岩本雅子、 植村達男、  梅原敦、 長内忠亮、 オフィスクリエイト()

  オフィスフロンティア()、 門倉百合子、 金容媛、 近藤祐司、

  桜井史郎、 妹尾哲男、 高山正也、 壷阪龍哉、 寺村由比子、 戸田光昭、

  中島めぐみ、 丹羽利一、 野口輝文、 橋本隆、 廣田傳一郎、 布施芳一、

  村上篤太郎、 安澤秀一、 吉田茂樹


震災における図書館の被害の一例を『ネットワーク資料保存』第41号(1995年10月,日本図書館協会資料保存委員会発行)から紹介いたします。転載にあたっては快く許諾をいただきましたことを、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

  

 図書資料の保存と損傷 --阪神・淡路大震災の被害から

 浜田 行弘 

 兵庫県西宮市の関西学院大学図書館は、阪神・淡路大震災の震度7の地域のすぐ近くだが、幸い建物にはほとんど被害を受けなかった。そのため、復旧作業をすすめながら、地震の翌週から少しずつ利用を再開することができた。
 同館を含めて多くの図書館の被害状況は、すでに「図書館雑誌」6月号などで詳しく紹介されているので、本稿では図書資料の保存と損傷について報告する。なお、これはあくまでも個人的な記録であることをお断りする。

1.書架・キャビネットの被害

(1) 書架の転倒

 上部と下部を建物に固定している書架や、壁面の柱に固定している書架は、ほとんどが無事だった。一方、下部だけを床面に固定していた書架は、固定金具が壊れたり書架本体の下部が壊れて転倒していた。低書架も、百科事典を配架して重たかったものは転倒していた。
 転倒した金属製の書架は、ほとんどが曲がったり歪んで使用不可能となったが、木製の書架は損傷が軽く再利用できるものが多かった。

(2) キャビネット類

 上下2段をビスで固定する構造の金属製キャビネットの多くは、上下がばらばらになって倒れていた。固定用のビスは地震には無力であった。(写真参照)
 引き出し式のキャビネットは、ロックしていない引き出しが開いた重みで、手前側に倒れたものが多かった。マイクロ資料のキャビネットは引き出しが開いたまま転倒して、フィッシュが床に散乱した。

(3) 電動式集密書架

 大型の電動式集密書架は転倒しなかったものの、揺れの方向に全体が大きく歪んで動かなくなった。集密書架は専門業者による修理が必要なため、配架されている図書資料は長期間利用できなかった。
 ただし、集密書架の中の図書資料の落下は、普通の書架に比べれば少ないように感じた。

 

2.図書資料の被害

(1) 落下による損傷

 修理が必要だったり利用が不可能となった図書資料は、落下の状況をみて当初予想したよりも少なかったようである。ハードカバーとソフトカバーとの損傷の程度の差ははっきりしないが、百科事典などの重たいものは、表紙がとれたり、表紙の角で他の図書資料を傷つけたりしていた。

(2) 水濡れによる被害

 震災直後は無事だったものの、屋根の雨漏りや配管の水漏れで、図書資料が致命的な被害を受けた図書館は多いようである。水に濡れた図書資料は、そのまますぐに凍結するなどの処置をしないと修復は難しい。

(3) その他の損傷

 転倒した書架の下敷きになって圧迫されたり損傷した図書資料もあった。他の図書館の事例では落下した図書資料が、地震の瞬間に飛び上がった集密書架の下敷きになって、原形をとどめないものもあったそうである。
 一方、マイクロ資料は、ケースから飛び出て少しでも傷がつけば利用の支障になるなど、紙の資料とは被害の状況が異なるようである。
 (はまだゆきひろ 関西学院大学図書館)

[写真=省略] 転倒した新着雑誌架(地震翌日に筆者撮影)


《編集者から》

 1995年1月17日未明の震災後、停電して電話も通じにくい環境では、情報源は乾電池式のトランジスタラジオだけでした。インターネットやパソコン通信が役に立ったなどという話は、電気が復旧して電話回線も安定してからのことです。
 現在は、震災で失われたそれまでの記録の復旧と、震災自身を記録しようとする活動が、さまざまな場で取り組まれています。前者は過去からの記録を連続した形で未来に伝えようというものであり、後者は震災の実態を知って経験を生かしてもらおうとするものと理解しています。
 震災では「情報」と「記録」の目的と価値あるいは危機管理について、はっきりと意識させられました。『震災復興支援委員会ニューズ・レター』で1年間お伝えした情報も記録のひとつとして、何らかの形で少しでもお役に立つことがあればと願っています。

 『記録管理学会震災復興支援委員会 ニューズ・レター』

  [第1号][1995年 2月]「記録管理学会員の皆様へご挨拶とお願い」

   第2号  1995年 4月 レコード・マネジメント No.25 綴込

   第3号  1995年 5月

   第4号  1995年 7月 レコード・マネジメント No.26 綴込

   第5号  1995年10月 レコード・マネジメント No.27 綴込

   第6号  1996年 1月 レコード・マネジメント No.28 綴込


震災復興支援委員会専用のフォーラム(正確にはホームパーティー)をNIFTY-Serveに開設していましたが、1月末で一応終了させていただきます。
 どうもありがとうございました。

ニューズ・レター編集連絡先

 飯能市阿須698(〒357) 駿河台大学文化情報学部

 戸田 光昭 (記録管理学会理事、震災復興支援委員会副委員長)

        e-mail : MAH00666@niftyserve.or.jp

 

編集担当  浜田 行弘 (記録管理学会会員)


記録管理学会 > 学会活動のページ> 震災復興支援委員会'95-'96